BIOGRAPHY

Large House Satisfaction / ラージ ハウス サティスファクション

  • Ba. 小林賢司

    1985. 3. 11. 生
    LIKE: お金 / アブラ / 鮨 / 女体 /
    赤ワイン / 井上雄彦 /
    常軌を逸している人
    HATE: 奈良漬 / ババア

  • Vo./Gt. 小林要司

    1987. 7. 20. 生
    LIKE: 読書 / モルトウィスキー /
    すき焼き
    HATE: 雨 / 常連ぶる人

  • Dr. 田中秀作

    1984. 7. 2. 生
    LIKE: 梨 / リポD / 山本美月
    HATE: 朝

高校の同級生だった、 小林賢司 (Ba.) と田中秀作 (Dr.) が 組んでいたバンドに、 賢司の弟 ・ 小林要司 (Vo.&Gt.) が加入し結成。

70’ S ~ 80’ S のロックシーンから影響を受けたサウンドに、 小林要司の荒々しくも艶やかな声が絡み合うバンド。

「COUNTDOWN JAPAN 13/14」 「ROCK IN JAPAN FES.」「SWEET LOVE SHOWER」 などの大型フェスにも出演し、 都市型サーキットでは入場規制が頻発するなど注目が高まっている。

HISTORY

2005年

【7月】結成。翌月より色々なオーディションライブに出演。初ライブから様々な賞をもらう。
バンド自体に加え、要司と田中が個人で受賞する中、ベースの賢司のみ無冠。
これを機に賢司が「無冠の帝王」と呼ばれるようになる。

2006年

何故か某大手V系音楽事務所よりオファーがあり、結成半年でお金の力を授かる。

2007年

最高や天才と言われ何もしなくても100%売れると錯覚した3人。
特に何も考えず生活していたら事業縮小により解雇。
今まで人任せにしていた為、右も左も分からず途方に暮れていたところ、下北沢CLUB251にて日本ロック界の
最長老様クラスのZi:LiE-YA 柴山”菊”俊之氏や、ROOSTERSの池畑潤二氏の前座を務める機会を得る。
その初めての打上げにて、賢司が「俺達が一番カッコよかったです」発言。
爆笑をとり、店長河崎氏に冷や汗をかかせる。

2008年

ライブを観に来ていた某レコード会社の前会長に「ガンズを聴いていいところを盗みなさい。」と言われ、
「ダサいから聴きません。」と賢司が一蹴。気まずい感じになる。

【1月】 1stアルバム「Large House Satisfaction」発売。コメントは上田ケンジ氏。ギャラはリベット。
それと同時に初企画+初レコ発「世代交代~ALL TOMORRW’S PARTIES~」を下北沢CLUB251で開催。
a flood of circle、サンディー田中とACETONEを迎え盛大にお祝いしてもらう。

【5月】 初のワンマンライブ(しかも1日2ステージ)を新宿2丁目スモーキンブギで開催。
夏には下北沢CLUB251のライブコンピレーションアルバム「251LIVERALLY5」に参加し、レコ発ツアーで初の名阪遠征へ。
無免許の為、新幹線や特急電車で移動し、完全に旅気分で大阪、名古屋を堪能。

【11月】 ミニアルバム「MONKEY」を記念して、下北沢DaisyBarにて2回目のワンマンライブを開催。
CLUB251とDaisyBarにて初の大晦日ライブ。CLUB251の1曲目で要司のギターに穴が開く。

2009年

【7月】 初の全国発売になるアルバム「1」を発売。それに伴い、下北沢CLUB251にてbarbalip、
LAZYgunsBRISKYを迎えまたもやお祝いしてもらう。
そして、サンディー田中を運転手に迎え、初のツアーを敢行。過酷なツアーを想定していたが、
はぼ毎晩知人の家にお邪魔するなど、何不自由のない暮らしを送る。

【9月】 BYEEtheROUND、barbalipの3バンドで、半年に一回のガチンコスリーマンイベント「無所属(新)」を旗揚げ。

2010年

自主企画「世代交代」を真夜中に行うことにし、以降定期的に開催。
【2月】 無名ながらTHE BLUE HEARTSのトリビュートアルバム
「ザ・ブルーハーツ トリビュート 25th. Anniversary TRIBUTE」に「チェルノブイリ」で参加。
代表曲「MONKEY」と全く同じアレンジをしたバージョンと、AC/DCの「BACK IN BLACK」と全く同じ
アレンジをしたバージョンを提供するもボツにされる。
しかし、PUFFY等ビッグネームと共に収録され、みんな嬉みを感じる。

【5月】 田中の熱望によりLargeHouseTVを開始。「超つまらない」と賛否両論にすらならず。

【10月】 新木場STUDIO COSTで開催されるBRITISH ANTHEMSの野外ステージへ出演のオファーがあるも
イベント自体が中止になり、がっかりする。

2011年

【1月】 知人の依頼により、映画に3人で出演する。高校生の役の為、賢司の髭が剃られそうになるも、断固拒否。運転を依頼したK野氏が、監督の椅子に勝手に座って暖をとるなどの、大胆な行動に現場が気まずくなる。

【2月】 下北沢CLUB251にて、最後の「真夜中の世代交代」を開催。THIS IS PANIC、thatta、Buffalo’3、ヒサシtheKID氏、星原喜一郎氏を招き盛大に盛り上がる。夜中ながら過去最高の動員を記録する。

【5月】 西宮の某バンドと対バンした際、賢司が「アイツ等は偽物の兄弟。俺等は本当の兄弟。マジ潰す。」的な長めのMCを言うが、楽器がまだ鳴っている最中に言った為、ほとんどの人達に伝わらず。

【6月】 某遊園地から楽曲提供の依頼がある。軽いノリで受けるも、思ったよりたいへんな作業になる。バンドの新曲作りも重なり、秀作が不眠になる。

【7月】 初のライブアルバム「LIVE」を発売。
それに伴い「腕力ツアー」を敢行。当初、ツアータイトルを「力(ちから)ツアー」にしようとするも、カタカナのカだと思われる恐れがあった為、「腕」をつけておく。
レコ発を下北沢DaisyBarにて開催。Sorrys、The Mammals、死ぬまで生きるもんズ、CHARLTONを迎え盛大にお祝いしてもらう。

【8月】 神戸、大阪、名古屋に行く。
運転手S脇氏のイビキがうるさ過ぎて、マン喫の店員に注意される。

【9月】 ツアーファイナルを下北沢CLUB251で開催。
The Flickers、veni vidi viciousを招き盛大にお祝いしてもらう。

【10月】 BYEEtheROUND、The cold tommyとスリーマンライブを下北沢CLUB251で行う。

【11月】 Quip MAGAZIN主催の「shimokita round up4」にライブハウス推薦枠で出演。現マネージャーが、観にきていてスカウトされる。

2012年

【1月】 Trafficのレコーディングを開始。
所属事務所の創設者である、E.YAZAWA宛てに手紙を書く。

【2月】 TrafficのMV撮影をする。
出演してもらった、野田孝之輔氏の役者魂に撮影スタッフ全員で拍手を送る。
Trafficの完パケ後、打ち上げした過ぎて、賢司が開店前の中華屋を半ば無理やり開けてもらい打ち上げをする。

【3月】 Traffic発売。
お店で沢山展開して貰い、テンションがあがったマネージャーがフラゲする。

【5月】 脚力ツアーFINALを新宿MARZにて開催。
THE PINBALLSとCHARLTONを招き盛大に祝ってもらう。
打ち上げで食べた刺身で、CHARLTONの青木タイガーが食あたりになる。
同時にHIGH VOLTEXのレコーディングを開始。
ドラムテックで参加してもらった、三原氏の技術に一同驚嘆し、アルバムタイトルを「MIHARA」にする!という案が浮上する。

【9月】 ニューアルバム、HIGH VOLTEXを発売。
ETEARNAL ROCK CITY 初日の新宿MARZに出演。
賢司がライブ終了し、そのまま引越しをするというタイトスケジュールをこなす。そして、そのまま握力ツアーを開始。

【10月】 九州某所にて、門限が23時の宿を予約してしまう。ゴネるも最悪の対応をされ、一同激怒。
速攻、情報サイトに嫌な口コミを書き込もうとしたが、既にキャンセル扱いにされ、書き込み出来ず一同また激怒。

【11月】 握力ツアーFINALを下北沢Gardenにて開催。

【12月】 大晦日に初のカウントダウンライブを下北沢CLUB251で行う。

2013年

【3月】 下北沢DaisyBarにてthe twentiesと2マンライブ「DOUBLE IMPACT」を開催。
go!go!vanillas、the twenties、矢沢洋子&THE PLASMARS、モハメドが参加する全国ツアー「ロックンロール・スイシーダ」がスタート。
スタッフ提案でツアー限定の手作りのトートバッグを作らされるも、秀作が手先の器用さを発揮し、無事大量生産された。

【4月】 事務所からとても怒られて、泣く泣く車の免許を3人揃って取得。
賢司が速攻で機材車をべっこりへこませる。

【5月】 要司と秀作に、老舗ファッションブランド「666」のモデルからオファー。
vol.30に甲本ヒロト氏、Primal Scream、THE CHERRY COKE$、THE STARBEMS等と共に掲載される。
撮影日当日、賢司一人で飲み屋で涙する。

【7月】 「in the dark room」発売。
全17カ所「眼力ツアー」開始。
バイザラウンド、Droog、HaKU、MAMADRIVE、或る感覚、BAND A、Drop’sに一緒について来てもらう

【8月】 go!go!vanillasと渋谷TOWER RECORDSにて2マン・インストアライブを開催。
RISING SUN ROCK FESTIVALに要司が弾き語りで出演。

【9月】 渋谷QUATTROにて開催されたROXY PARTYに出演。
矢沢永吉大師匠に「次はラージだ!!!」と紹介され楽屋で震える。

【10月】 仙台のサーキットイベント「MEGAROCKS」に初出演。初の入場規制をいただく。

【11月】 下北沢CLUB251にて眼力ツアーファイナル・ワンマンライブを開催。
早々にSOLDOUTした為、学生バンドを募集しオープニングアクトに迎え、下北沢DaisyBarにて追加公演を開催。
全員打ち上げ参加が条件だったが、僅か2名しか残らず賢司が激怒する。

【12月】COUNTDOWN JAPANに初出演。
バックヤードで呑んでいた賢司が帰りに置いていかれ一人で電車で帰る。

2014年

【3月】 SUPER BEAVERのツアーについていくも、賢司の奥歯が割れ楽しみにしていた打ち上げで茶碗蒸ししか食べれなくなる。

【4月】 ツアー先のホテルのフロントで秀作が女と間違えられアメニティをもらう。(代表者のところに田中秀作と書いたにも関わらず!)

【6月】 the twentiesとのツーマン企画「DOUBLE IMPACTⅡ」を代官山UNITで開催。ステージにてお客さんと集合写真を撮影後、賢司がウルマ(twentiesギター)のハットを会場へ投げたところ、「今まで一度もお客さんの前でハットとったことなかったのに…。」と落ち込ませる

【7月】 結成10周年を記念して初のワンマンツアーを敢行するものの、1年間違えていたことが発覚。無視して敢行。
その仙台公演にて要司が初のMCをしたところ会場から歓声ではなくざわめきが起こる。

【要司と秀作の誕生日の為オリジナルグッズが制作される。(全会場即完売!)もちろん賢司のグッズは未発売。

【8月】 ROCK IN JAPAN 2014、SWEET LOVE SHOWER 2014に初出演する。案の定、要司と賢司が泥酔して東京へ強制送還される。

【BYEEtheROUNDとbarbalipと「無所属(新)-EXPRODE-」を開催する。全員学ランで出演。終演後、スタッフが要司の学ランを餌にワンマンのチケットを売りさばく。

【9月】 賢司がTwitterで燃え上がることをツイートして知らない人達に超怒られる。

【10月】 MINI ALBUM「Sweet Doxy」をリリース。

【11月】 ツアー「SWEET SWEET DOXIES」を開催。
各地で、SUPERBEAVER、ユビキタス、或る感覚、バイザラウンド、THE PINBALLS、the twenties、hotspringについて来てもらってお祝いしてもらう。

【ツアーファイナルは渋谷CLUB QUATTROでのワンマンライブを行う。リハで要司のアンプが壊れ、本番では弦を2回切る。

【12月】年末の30日、31日で5本ライブを行う。5本目のa flood of circle主催の年越しライブで力尽き2015年を迎える。